それから三十分ほど、実験場の隅にパイプ椅子を並べての缶コーヒータイムとあいなった。有華がかつて国内A級ライセンスを持つ高校生レーシングドライバーであった事や、レストア業者の娘だと知るや否や、ベガスの社員たちは目の色を輝かせる。一方の有華はテンションを下げつつあった。調子にのってしまったと後悔していたのだ。なぜレースを辞めたのか、どうしてNICTで働いているのか——そんな話題に進展するのが嫌で、実務モードでの会話につとめた。
やがて水を差すように携帯電話が鳴り、四本木が残念そうに立ち上がる。
「……ヤボ用だ。すいません、僕はちょっとでなきゃ……残念だなぁ。常代さんともっとお話したかった」
ロータス・エクセルのクラッチディスクの件、頑張ってみます。そう言い残して四本木がまず席を立つ。残りの面々も三十分後にはNICTを引き上げていく。広大な倉庫に残り、有華は一人で粛々と後始末に勤しんだ。GEEとのチャットはなぜか通じなくなったが、車の扱いなら自動車屋の娘に分がある。任せてもらっていい。
(ふぅ……終わったぞ)
有華は倉庫を出ると大きな鉄扉を閉じ、壁に埋め込まれたカードスキャナで施錠した。この建屋、クライム・ラボは電網一種免許を使って入退室できるが、例外的に——有華の三種でも認証する。だから有華は倉庫を閉めるとき、いつも自分が「例外」であることを意識させられる。
(ごくろうさん……例外の、ゆかりん)
すべてを滞りなく終えた後、有華は駐車場にぽつんと残されたロータス・エクセルに歩み寄った。
岩戸の言葉が思い起こされる。
——一ヶ月。それだけあれば、結論は出せる? 私についてくるか、それともここで退くか。
三枝の言葉も耳にこびりついている。
——国家公務員試験と電網一種に合格していただきたい。大手を振って、電網庁入庁を果たしていただきたいのです……
寂しさがこみ上げてくる。
自分はいつだって例外、勝手にそう思っていた。組織の壁なんか関係ない。資格なんて問題じゃない。いつでもあの人たちの傍にいて、どこでも手となり足となって働く。ずっと、ずっとそう信じてきた。なのに。
明日から私、どうすればいいんだろう。
・・・型にはまったスタイルを捨て、有華の過去と向き合う香坂。一方、自動運転の闇が大きく口を開け、あの人物を生死の狭間へ引きずり込んでいく……ダークサイドが加速する第3話<承>にご期待ください!
誤字ハッケン
通り脱けることはできます → 通り抜けることはできます
直します!ありがとう。