第3話(四):小金井市:貫井北町:午後

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 丸眼鏡女が出て行くや否や、有華は塩を播く感覚で容赦なくBGMをスタートさせた。
(あんにゃろ、言いたい放題言ってくれちゃって……)
 忘れられそうにない。自分にむけられた、あの侮蔑の表情を。
(さようなら、とか言わなくていいじゃん)
 こういう時こそお掃除&ロック。金属音と重低音のリズムがテンポを速めてくれるし、気分も晴れるに違いない。とにかくこの、街を模した巨大倉庫(クライム・ラボ)を片付ける。車一台分の駐車スペースを空けるために。
(これは、こっちでいいや……これはまぁ、ここで……う!? これ、何する物だろ……ゴミっぽいけど捨てたら怒るだろうな)
 ガラクタが膨大で、むやみやたらに動かすと取り返しがつかなくなりそうに感じる。だから有華はHMDを装着し、迷ったら都度ご主人様たるGEEに指示を仰いだ。
 作業を続けること三十分——。
(よし、ここを空っぽにすればOK)
 有華は壁に立てかけられていたベニヤ板を外した。すると見覚えのないハードケースが姿を現す。HMDの内蔵カメラを向けてみる。質感は旅行鞄っぽい。
 
〈それもロータスに乗せて、持ち出してくれぇ〉イヤフォン越しにGEEの声が届く。
 抱えてみると、かなり長い上に重量がある。楽器か何かだろうか? とにかく指示に従って倉庫の外へ運び出す。
 駐車場に停めたロータス・エクセルのトランクを開けた途端、吹き出してきた熱気に有華は顔をしかめた。晴れた夏の西日にあぶられた車内は灼熱地獄。髪の毛が焦げそうだ。呼吸を止め、ハードケースを押し込む。
 トランクを閉じて開口一番。「ひー、熱ぅ! ……重いし」
〈すまんなぁ、有能なアシスタントさま〉
「もー、荷物多すぎ! 片付けるのは私なんだからっ」
〈いけずぅ。今日までに出てけって言われてるから、しょうがないやん〉
「どうして来れないのさ」
〈クチフネとかいう男の居場所がわかりそうやねん……ベガスの技術系社員……四本木のおっさんによれば、まさしくハッカー。もしかしたら〉
「……悪い奴?」
〈……まだ何ともいえん〉
「頑張ってください。こっちは何とかします」
〈恩に着るで〉
 有華は助手席のドアを開け、大きく息を吸ってから後部席に頭を突っ込んだ。暗幕の中はトランク以上に熱がこもっている。GEEの遊び場、電子機器だらけの仕事スペース。そこへ、トランクに入りきらなかった細かい荷物を押し込む。代わりに空の防水ケースを二個、外へ取り出そうと決めた。例の「狙撃アシスト用ウェアラブル・コンピューター」——通称・成金時計のために購入した箱らしい。
 有華は後部席に半身を突っ込んだまま、二つの空箱をしげしげと眺めた。
「時計って二個作ったの?」
〈せやで〉
「一個は私が預かってるよね。一個はギィさんが?」
〈……然るべき場所に〉
「ふぅん」有華は頑健なケースを開閉させた。「ゴツいケースだなぁ」
〈腕時計に箱はいらんかったなぁ。そういえば、ゆかりん着けてくれてるか? 成金時計。フィールド・テストのために預けてるんやで」
「いや、アレ男物……着けて歩くのは、ちょっと。あ、便利機能とかあれば、別だけど」
〈あるある。ありまくり。但し、ちょっと勉強は必要かな〉
 有華は小さく舌打ちした。どいつもこいつも勉強しろとうるさい。「畜生、やっぱティファニーがいいなぁ……機能なんかいらないっつーか」
〈ネックレス型はいまのところ一個しか作ってない。岩戸はんの首ちょん切って奪い取れ〉
「バカいわないでください」
 そのときだ。有華は背後に——助手席のドアから後部席へ上半身を突っ込んでいるから、お尻のあたりに——妙な気配を感じた。
(何!?)
 あわてて車から身体を引き抜き、振り返る。
 やっぱりだ。エンジン音をたてない奇妙な赤い4ドアセダンが、ほんの十メートル先に停車したばかりであった。ベガス・テクセッタHV。ガソリンエンジンに加えて電動モーターを搭載する、いわゆるハイブリッド車。それも——自動運転(オートパイロット)機能つき。
「あー、もう来ちゃったか」
 自動運転用試作車両(プロトタイプ)「アスカ号」は、予定より三十分以上も早くNICT駐車場に到着した。

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  1. 誤字ハッケン
    通り脱けることはできます → 通り抜けることはできます

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