「そう。国家公務員試験と電網一種に合格していただきたい。大手を振って、電網庁入庁を果たしていただきたいのです」
「あのー」有華は苦笑いを浮かべた。「それができたら、とっくにそうしてるっていうか」
参考書を買って、開いて、しばらく唸って——本棚に並べて。
それから二度と引っ張り出したことがない。
「聞きましたよ。やる気はある。根性もある。だけど勉強の方法がわかっていない。伸びシロあり。可能性大」
「えーと」
「あなただけじゃないの。実は、電網庁職員の人材不足を補うべく、国策として才能ある候補者を集め、ハイレベルな教育指導プログラムを実施する予定なんです。是非参加してほしい。これは垂水局次長のご意向でもあります」
「……あのー」
「何でしょう」
「アタ……わ、私」
喉元が熱くなる。思いがこみ上げてくる。
自分でいうのも何だけどやる気はあります。根性だってばっちり。良い勘してるから役にたてると思う。だけど、だけど資格は。資格は。
資格。
資格って何?
私、資格に裏切られたことがあるんです。
わざわざとった資格のせいで死ぬほど辛い思いをした経験があるんです。
(ダメだ)
言えない。言っても仕方が無い。この人に身の上話をしたところで何の解決にもならない。
代わりに有華は気の抜けたフレーズを口にした。
「私……ベガスの納品までに、片付けをしなきゃならないんで」
「片付け?」
「はい。片付け。他にもいろいろ忙しいんです。すいませんけど」
三枝の顔に失望の色が浮かんだ。「……候補者の枠、バカにするもんじゃないですよ。プログラムは本格的なものだ。あなたはそれに選ばれた。極上の指導が受けられるチャンスをふいにするんですか」
「…………NICTの仕事をしながら、勉強なんて無理です。それに」
「それに?」
「こうみえてアタシ、研究者のアシスタントとしてはイイ線いってると思うンです。NICTも職場としてはグー。総務省傘下とかいいますけど、東京都内じゃない分ココの方がのんびりできるっていうか、呑気でいられるっていうか」
「……常代さん?」
「官僚だからエライってことは、ないんじゃないの、っつーか」
三枝は立ち上がって、溜息をついた。
「がっかりしました。目を輝かせてくれるかと思ったのに……買いかぶり、という奴でしょうか。そうなんでしょうね」
「……がっかり、させちゃいましたか」
「ええ。あなたにとってはどうでもいいことかもしれませんが……あなたを推した人がどこかにいる。でも、当のあなたはその顔に泥を塗った。私ならそんな不義理は働きたくない。とはいえ、人それぞれに道はあるでしょうから」
丸眼鏡の奥で光る冷たい視線が有華を貫いた。「もうお会いすることはないでしょう。NICTでご健闘ください……お邪魔しました。さようなら」
誤字ハッケン
通り脱けることはできます → 通り抜けることはできます
直します!ありがとう。