「あ、重いぞ。それ」末次警視が言った。
にもかかわらず、若い巡査が段ボール箱をトランクから引っ張り出して、そこで——ギブアップ。アスファルトの上にどすん、と置いた。
「うぇ―、台車探してきます」
末次は薄笑いを浮かべ、巡査の尻を平手でぱん、と叩いた。「そうして」
それから運転席のドアをばたりと閉める。
次々と到着するツートンカラーのクラウンで駐車場はあふれかえっていた。皆がめいめいに手荷物を抱え、建屋に邁進する。そんな中で末次だけは手ぶらで玄関をくぐった。若い巡査に荷物運びを手伝わせるのが癖になっていた。頭上で警視庁葛西警察署の文字が陽光を弾いている。
甲斐原豪の逮捕が引き金となり、修学旅行バス五十六名死亡事案は事故から事件へと格上げされ、ベガスカスタマーセンター江戸川第二が管轄区内であるこの葛西署に捜査本部が開かれることになった。出向いた捜査一課の面々にあって、末次の持参した資料はとびきり重い。まったく電子化できていない、新聞の切り抜きや雑誌記事の塊だ。
台車を転がす巡査の斜め後ろをついて廊下を歩きながら、末次は与太話をしかけた。「太田君は刑事課なの?」
「いえ。いちおう刑事志望ではありますが」
「未婚か」
「ですけど?」
「葛西署は美人いる?」
「……いますよ、それなりに」
「太田的には署内で結婚相手探したいと」
「はい。そりゃ……まぁ」
「じゃ、末次的アドバイス。聞きたい?」
太田巡査は目を輝かせた。「是非お願いします」
末次はニタニタして言った。
「刑事志望なんて言わないことだなぁ。離婚率高いって事、女の子はみんな知ってる。誰も寄ってこなくなるよ」
「…………マジですか」
「これマジね」
「結婚と刑事は」
「両立しない」
台車を止めて、巡査はドアノブに手をかけた。「警視殿は」
「独身だよ」
末次は不敵な笑みを浮かべつつ、署内で一番大きな会議室へ足を踏み入れた。背広組でごった返す中、なるべく上座の会議机に構え、箱の蓋を開く。
しばらく中身を眺めてから、ひらめいたように手を叩き、本部長席に歩みよると、置かれていたマイクを手にとった。
「あー、あー。手を動かしながら聞いてくれ……ちょっと急ぎで相談がある。総務省職員、岩戸紗英四十二歳、女性。政治家の娘で猪川代議士とつながりがある。こいつの資料を配布用にまとめたいんだが、ちょっと膨大だ。各班、早い内に一名出してくれ。手分けしたい」