根城のガソリンスタンド跡地に車を滑り込ませ、ストップボタンでHVのエンジンを停止しても、pack8back8(パケットバケット)は気を許さない。
黒いフルフェイス・ヘルメットを脱ぐことなく車を降り、スタンド奥のオフィス、その側面へと歩み寄る。グローブをはめた手にはいつもの赤い金属箱をぶら下げていた。数字三桁の鍵がついた、玩具と見紛う手提げ金庫だ。ところが、これはこれで充分に用を為すのである。
箱のダイヤルを回すと、がちりという手応えがあった。蓋を開け、中に忍ばせたカードの束から一枚だけを拾いあげる。壁に埋め込んだカードリーダーにかざすと、ぴぴっ、と電子音が解錠を知らせた。即座にカードは金属箱の中へ。
入城を果たしても、まだヘルメットは脱がない。侵入者がいないことを確かめるまでは。
半円状のカウンターに歩み寄ると、まず金属箱を所定の位置へ——据え置き型の、北欧製デザイン金庫の中へと放り込んだ。こうやってカード束を運ぶ最大の理由は、街中で他人にカード情報をスキャンされる(スキミング)といったへまを防ぐため。中にはいかがわしい方法で手に入れたカードもわんさかある。晒して歩くのは不用意というものだ。また、RFIDカードを大量に持ち歩く時もっとも面倒なのは誤スキャンである。特に自宅のセキュリティシステムなどがからむと、関係のないカードがスキャナに読み取られて誤スキャンが発生した際、侵入者と判断され、ロックが解けなくなるといった不具合が発生しかねない。そういった事情もあり、金属の箱から一枚だけ出し入れする癖をつけた。
もちろん、電網庁が設置を進める電網免許証センサーのくだらない追尾も巻くことができる。監視されるのはまっぴら御免。相手がカード会社だろうが、警察だろうが、ヤクザだろうが。
次にpack8back8はモニター六台分の電源を投じた。構内に設置した十五台の監視カメラ画像を五倍速でプレイバックする。真剣に見入る必要はない。解析プログラムが画像を診断し、危険の有無を判定してくれる。安全を確認するまではライダースーツも脱がない。椅子へ腰かけ、ブーツを机の上に乗せ、静かに時を待つ。
男の顔が一つピックアップされた為、再生がノーマルスピードになった。
このガソリンスタンド跡にはこれみよがしに高級外車やリッター級バイクが並んでいる。通りがかったサラリーマン男が珍しい型のポルシェに魅入られ、敷地の外から策を越えて手を伸ばし、触れようと試みたようだ。結果、大きな警告音が鳴り響く。慌てて手をひっこめた男は、尻尾を巻いて走り去る。そんな顛末の映像だった。危険は感じられない。
以上でプレイバックは終了。セキュリティを司るお手製のアプリケーションが解析結果を告げる。
{
カメラA=不審者5名、うち登録済み4名/カメラB=0名/カメラC=0名/カメラD=……
STATUS:GREEN
問題ないという結果に、pack8back8は満足した;
}
それから、ファックス機のLEDが点滅していることに気づく。留守番電話の録音メッセージが一件。ボタンを押すと、聞き覚えのある女性の声が流れた。
〈身体の具合はどうですか? 関東でまた大きな地震があったみたいね。病気が治ったとはいえ、あなたは丈夫じゃないから逃げ遅れるんじゃないかと気が気でなりません……〉
長い。そして退屈だ。待ちきれない時はキーボードに指を這わせる。ブラウザを立ち上げ、馴染みの牙城(ストロングホールズ)へログインして、手当たり次第に罵詈雑言を打ち込む。
{
pack8back8:電網庁に死を
pack8back8:電網庁に死を
pack8back8:電網庁に死を
pack8back8:電網庁に死を
}
留守電のメッセージはこんな風に締めくくられた。
〈それと……また車買うんですね……名義の件、了解しました〉
聞き届けて、消去ボタンを押して。それから。
ようやくpack8back8は黒いヘルメットに手をかけた。
・・・次回は2016年2月20日(土)公開予定! 甲斐原の逮捕で解決したかに見えた修学旅行バス事件……しかしpack8back8の狙いは別にあった! 電網庁最大のピンチが待ち受ける第三話、トバプロ完結編がスタートします。乞うご期待っ
解決編じゃなかったやーん!でももう解決されても寂しいしw と、ちょっとネタバレ区域突入な感じなのでここでコメントしてみた。
う…… f(^_^; お察しを……っていうか、甲斐原は捕まったんで、一応「第2話の問題は解決した」ってことでご理解いただければと(←苦しい)
第2話(十二)津田沼和矢 → 前は和夫だったような……。どっち?
和矢に統一します! 作者の単純ミスっす。