「………………ねーねー、キツネ丼」
〈はい。何ですか〉
「アタシさ、なんでこう、ちゃんと人に説明できないんだろね」
〈……〉
「隼人に説明できれてればさ、あいつ頭いいんだし、空手黒帯で警察官だし、もっとこう……」
〈うん〉
「もっとうまく……やれたよね?」
〈……でも説明しているうちに、青いPCを拾ったミニバンは逃走したかもしれない。暴走も辞さないだろうから、カーチェイスなんて危険だ。怪我人は出たけれど、駐車場で決着したのはベストだった〉
「でも……叱られたぞ?」
〈観察眼と感性、そして正確無比な行動力。良くも悪くも、それが常代有華だね。やや前のめりなのが玉に瑕ってとこかな。功を焦りすぎ?〉
「前のめり、ね……焦りすぎ、か」
懐かしい。昔、サーキットでよく耳にした小言だ。
〈気持ちはわからなくもないよ。人を納得させて動かすのは手間だ。自分で動けば手っ取り早い。そう思う時は、僕でもある〉
「……遅れをとりたくないだけかも」有華はじぶんのせっかちさに辟易とした。「ダメだよね」
ずっとそう。ずーっと、そうなんだ。人間なんて簡単に変わるものじゃないし。
やや間が開いて、それから香坂は専門的な話を始めた。〈データ通信の世界では、細かい交信をすっとばして、必要なデータをだーっ、と……一気に送ることをバースト転送って呼ぶんだ。効率は最高なんだけど〉
「バースト!? ……響き、よくないぞ。タイヤがパンクしたみたいだ」
〈……バースト転送そのものは悪いことじゃない。むしろ必要なんだ。問題はタイミングだけ〉
「ふぅん……そうなんだ」
〈こういう考え方はどうかな……ゆかりんが感じて、僕が分析して、緒方が行動する。三人はチームだ。三人で一人前〉
三人で一人前。そのフレーズに、有華はハッとした。在りし日のサーキットを思い起こしてしまうからだ。
ピットで手を組んで祈る自分。ドライバーではなくメカニックとして。
スタジアムで身構える隼人。同級生ではなくカメラマンとして。
そしてホームストレート——駆け抜ける漆黒のアプリリア。手足の長い少年の、完璧なライディングフォーム。
「……」 有華は絶句していた。
ずいぶん間が空いてしまう。空けてしまった。
〈……ダメかな?〉と香坂。
「高学歴のエリート男子二人と、しがない高卒女子か……」有華は笑った。「足手まといじゃない? 余計に焦っちゃうかも」
〈……だから前のめり?〉
「で、つまづいて……」
〈そうだ……三人で腕組んで、一緒に走ればいいんじゃないかな。そしたら飛び出せないでしょ。つまづいても転ばない〉
ダメだ。どうしてもスリーショットの一角に、違う顔を思い浮かべてしまう。だから。
「わ、ワハハ、何よ。女相手にお洒落なこと言い過ぎっしょ?」悟られまいとして、有華は明るく返した。「格好つけてもダメだから。キツネ丼ってなんかトロいし、腕なんか組んだらこっちが転ぶって!」
〈お! ……いいね。復調の兆しだ〉
「でも……ありがと」忘れずに素直な言葉も添えておく。香坂の優しさが嬉しかった。
〈どういたしまして〉
「……あ……そそ、そうだ。あのツナギ野郎、何者だった?」
〈島崎拓生……甲斐原が、わざわざ呼び出しておいた仲間らしい〉
「島﨑……そうか……島﨑カーファクトリーだ」
〈知ってるのか?〉
「新小岩にあるちっちゃい車屋だよ。ここしばらく、甲斐原がいりびたりだったからね」
〈島崎は甲斐原の弟分らしい。二人が行動を供にしていたのは、いざというとき、青いPCを守るためなんだろう。あと、これは僕の読みなんだけど……〉
「何?」
〈もしかしたら……今日の抜き打ち検査、情報が事前に洩れていた可能性があるね〉