緒方隼人は会議室の一角に腰を据えていた。あくまで代理。そういう立場で末席にいる限り、面白い仕事に感じられる。プロジェクターで投影される資料の中身もさることながら、科学捜査員という人種の言動には強く興味をかきたてられる。
「……ベガス社が起こした一年前のリコールは、こちらのトラックになります。ECU(車載コンピューター)の不具合で、出荷された全台数、修理が完了しています」
科学捜査研究所・物理科機械係・交通事故班に属する捜査員の一人が立ち上がり、スクリーンに投影したトラックと道路の模式図を手で直接指した。「……このトラックには自動ブレーキシステムが搭載されています。レーダーの反射をつかって、車間距離を測定して、車間が詰まったらブレーキが効く仕掛けです。それだけでは誤作動するので車載カメラとも連動する。画像認識ですね。レーダーとカメラが合わせ技で動く。そこに不具合があった。車間距離が詰まっていないのにブレーキが誤動作した。結果、何台かが突然減速して車に追突されるという事故が起きた……ベガス社は対策として衝突回避アルゴリズムの改良……つまりレーダーとカメラに関係するECUのプログラムを書き替え、問題を回避したそうです。これが一年前。で……」
画像が切り替わり、観光バスらしき設計図が投影された。「こちらが、先日のバス事案を起こした車種です。トラックには79個のECU、バスには88個のECUが搭載されている。同じメーカーの大型車ですが設計は大きく違う。でもよく見ると共通部分も幾つかあって、特に、衝突回避系に関していえばまったく同じECUが使用されている」
緒方より上座に陣取っている刑事の一人が手をあげた。末次警視だった。
「同じといってもだなぁ……トラックはブレーキが効きすぎて追突されるって不具合だろ? 観光バスは料金所に突っ込んだわけだから、どちらかといえばブレーキが効かなかった。真逆じゃないの?」
その捜査員は「仰るとおりです。詳しく調べてみないと、関連があるかどうかはわかりません」と答えた。
「ベガス社は何と言ってるんだぃ?」
「運転手の家族にこの件を指摘された後、テレビ局に書面で回答しています。事故を起こしたバスは今年の最新型で、アルゴリズムは改良されている、というのが公式見解……と言いつつ、怪しさはぬぐいきれていない」
「……ウソついているかもしれねぇ、ってわけか。調べられる?」
「同型のバスについて、ECUで動いているプログラムのバージョンが適切かどうか解析するという話になりますが、これはかなり難しい。バスを一台押収してリバースエンジニアリング(※動作を解析してプログラムを導出する)をかけることになりますが、仮に成功したからといって、そのアルゴリズムが適切かどうか科捜研で判定することは不可能でしょう。ベガス社の協力を得ないことには」
「だけど連中に手伝わせたら隠蔽を働くかもしれない。社員が全国を行脚して、片っ端からバスのプログラムを書き換えて回るなんて、簡単だろうぜ。だろ? 末次的には、打つ手ナシって印象だけども」
「それに……まだある」座っていた別の科学捜査員が口を開いた。
末次が眉間に皺を寄せる。「まだ、何?」
「別の可能性が。バスの外から信号を送り込んで、ECUが誤動作する可能性。ゼロとは言い切れない」
「外から妨害電波みたいなものを浴びせるってことかぃ? ……素人っぽく言えば」
バス事故のあった料金所の場所を明記し、捜査に参加しているプレーヤーを増やしました(神奈川県警・千葉県警)。また、科捜研にくわえて柏(柏市にある科警研)にも少し触れることにしました。
#大筋には一切変更ありません。