「段ボール箱の詰め方。精度の話。凡人の僕からすると、あれは入りきらないと感じる量でした」
「アタシの場合ぁ、入るとか入らないとかじゃなくて、入れちゃえって感じだけどね」
「意思の問題? さっき一度箱を開けて、よくよく眺めてみたんですが、ミリ単位の精度でした。恐ろしいほど綺麗に入ってる」
「ぱっと見て、ぜってー入るぞと……、すこーんと来たけども」
「……すこーん」
「そ。すこーん」
「……次。台車に僕が段ボール箱を乗せようとしたら、激怒しましたよね。耐加重オーバーだろうって」
「あはは。いいすぎたよゴメン。許せないんだ、台車とかを無神経に扱ってぶっ壊したりする奴」
「……奴?」
「……人」
「……ぱっと見、かなり大きな業務用の台車だし、乗せられていた荷物は少なかったですよね。後で注意深く観察したら、30kgあるサーバー用の電源が十個乗ってた」
有華は頬をふくらませた。「何。アタ……私を、信用しなかったわけ?」
「そうではありませんが……台車の最大積載量については、かなり注意深く見ないと上限260kgという数字が見つからない」
「まー、300kgちょいぐらいは、OKなんじゃない。でもアレ、限界だったな」
「サーバーラックの電源を台車に乗せたのは誰ですか」
「アタシじゃないよ」
「電源の重さは? 知ってたんですか」
「バラしてる時に手応えでぐっとキタ」
「30kgが十個。数えて、掛け算したわけですか」
「数えたかな。数えて……ないような」
「台車が限界だってことは? 積載量の上限値をチェックした記憶は」
「チェックした記憶……ないなぁ」
「あの台車に電源を乗せた本人でもないのに、僕がさらに箱を乗っけようとしたら、激怒。どうして? 判断理由が知りたい」
「うー……理屈じゃなかった。なんというか、それぐらいわかれ! って感じ」
香坂は眉をぴくりと動かし、スマホで撮った写真を有華に見せた。
「もしかして……これじゃ?」
写っているのは台車の車輪。
よく見るとゴムタイヤがひしゃげている。
「あ……そう! それだ! それでズギャーンときた」
「ずぎゃーん」
「そ。激怒モノだったよね。ずぎゃーん」
「ふむ。……では、最後の質問です」
「なんか分析されてるぞ。怖いぞ」
「十和田美鶴を捕まえたとき。女子トイレ。使用中で鍵のかかったドアが三つ並んでいた。ゆかりんが、僕を問答無用で真ん中に立たせた。そこに危険人物がいた」
「うまくいったよね」
「右と左は、ハナっから除外してる。何故ですか?」
「……実はさぁ」あえて有華は小声で話した。
「……はい」
「ここ一週間ぐらい、真ん中のトイレにおかしなムードがあったんだ。使うのが嫌で嫌で。だからほら、しゅぱーんときたわけ」
「すぱーん」
「すぱーんじゃなくて、しゅぱーん。ワンランク上ね」
「おかしなムードって何ですか」
「故障してるとかじゃないのに、おかしいの。おかしな……ムードがあるんだよ」
「……だからそれって」
「ごめん。だから言ってるジャン。うまく説明できない」有華は苦笑いする。
「おかしいと思ったのは、一週間前から……ですか」
香坂が十和田美鶴のノートPCをいじり、おお、と声をあげる。「凄い……十和田美鶴が番号の収拾を始めたのは……履歴を遡ると、一週間ぐらい前です。ぴったり合う」
「へー」
「……ゆかりん先輩」
「え? 先輩はいらないっすよ香坂……さん」
「今日の騒動についてレポートをまとめる際、トイレの件は常代有華の成果だと、きっちり書いておきたいんです」
有華は顔をほころばせた。「あ……気を遣ってくれてる?」
「純粋に知りたいんです。どうして真ん中のトイレが、おかしいと感じたのか。きっと理由があるはずだ」
「私、説明ヘタなんだよね。感覚だから。超ボキャ貧」
こういう時に、もっと本を読まなきゃと有華は思う。活字は大の苦手だ。
「勘が鋭いという言い方もある」
香坂は傷つけないように気遣ってくれる。それが少し嬉しかった。だから。
「才能あるかもね。段取り上手の、雑用係としては……えへへ」
あえて調子にのってみる。
すると。
「もう一度、女子トイレ行ってみますか。何が違うのか、調べた方が」
「げ!?」それはダメだ。
シモネタ美女コンビに、何を言われるかわからない。「……き、今日はやめとこうか」
「でも、そこが肝心要というか」
「明日にしよ明日……香坂……さんの、歓迎会の準備もあるし」
有華はあわただしく帰り支度をはじめた。今日は早めに切り上げていい――岩戸から、そう指示を受けている。
窓の外にそびえ立つお隣の警視庁が、まだ夕陽をはじくうちに。

読者様からご指摘があって、誤字を直しました。
誤)最期の質問
正)最後の質問